唐突でありながら当然の質問を向けられた。
「シラヒメさまはエンドさまとどこで知り合いましたの?」
だけれども、その質問はあまりにも不意を打ったものだから、質問されたシラヒメ・エンザは答えを探すのに幾分時間を要した。
いまも手は夕食で使用した皿洗いを進めている。先ほどシラヒメに質問をしてきたクロハラが「メイドですもの、一人でやりますわ」と言い張るのを押し切って、共同ですることになった家事だ。付け加えるのならば、同じパーティの仲間であるエンドやおおりは滅多に家の仕事をやらない。エンドに至っては「爪が痛むから」などと乙女のような主張をされるのだが、妙に説得力があって押し切りづらく、結局シラヒメとクロハラで家事の大半を済ませている。おおりは気が向いたら手伝ってくれるのでその瞬間を待つしかない。
とはいえど、シラヒメは家事が嫌いではない。むしろやりがいを覚えている。付け加えるなら、自分が使ったものは自分で片付けるべしといまはいない姉に厳しく教えられたため、他人任せだと後味が悪い。
クロハラあたりには「それでよく王になろうと思えましたわね」と呆れられるが、性分なのだから仕方がなかった。
「エンドさんと知り合ったときのことか」
「それ、あたしも知りたい」
軽やかな様子で近づいてきたおおりがシラヒメの左隣に並んだ。
未だ年若いアルヴは何事に対しても好奇心が旺盛だ。これでいじめられっ子だったというのだから信じられない。いまは反対に手下を従えているというが、シラヒメには確かめる気はなかった。
「エンドに聞いても『シラヒメに教えてもらえ』しか言わないしさ。あんたら、何があったの?」
二対の視線がぶつけられる。両方とも真っすぐで、偽りを許さない。
シラヒメは苦笑しながら話を始める。
「当時の話をするのは恥ずかしいんだけどね。俺もまだ、炊きたての新米もいいところだったから。エンドさんとパーティを組むことになったのも……クロハラさんと出会う、ほんの少し前のことだったし」
「あの頃が懐かしいですわね。まだ、避けることもおぼつかなかったシラヒメさまでした」
しみじみとした調子で言われて、恥ずかしいと情けないといった感情が入り混じる。最近になってバトルダンサーとしての戦い方にも習熟することができてきたが、当時はクロハラを守るので精一杯だった。エンドはあの頃も勝手に避けていたり、たまにミスをしていた気がする。
とはいえど、いまはショットガン・バレットを習得したクロハラや全体魔法を使うおおりが主な火力となってきた。これからも自分は前衛となって敵の攻撃を引き付けることが要になるだろう。二人を守るためにも。
「で、エンドさんと組むことになった流れだけど。きっかけはギルドからの紹介だったな。しおりさんたちがいるギルドに最初に行って、剣士を募集しているパーティがないかって聞いていたら。エンドさんがいた」
「それでエンドと組んだの?」
「違う。本当に、真後ろにエンドさんが立っていたんだよ」
シラヒメはその時のことはいまでも覚えている。急に服の裾を引っ張られたかと思えば、少女と見まごう蛮族がいた。最初はどうして、という疑問で頭を埋められたが、その直後にシラヒメはずるずると引きずられていきそうになった。
なので、踏ん張った。
当時はエンドもそこまで筋力がなかったため、ずるべったんと床に転がることになる。そうして湧いた笑いをエンドは一睨みを向けて黙らせてから、今度はシラヒメを転がし返した。シラヒメもべったんとしりもちをつくことになった。
シラヒメは立ち上がり、エンドに向かって声を荒げた。
『いきなりなんだ!』
『年上には敬語を使え。青二才』
いまでも信じられないことだが、エンドはシラヒメよりも年上だという。だけれども、何歳であるのかははっきりしないままだ。秘密の多い相手であるから、永遠に口を閉ざしていてもおかしくはない。
エンドはシラヒメに向かって人差し指を向けて、言い放ったのだ。
『おい、しおり。こいつは俺が預かる』
『はい。それは構いませんが、死体は増やさないでくださいね』
そうしてギルドのマネージャーであるしおりはあっさりとシラヒメの冒険者登録だけを済ませると、ギルドから放り出した。
呆然とするのはシラヒメだ。
エンドはさっさと振り向かずに歩き出している。その背中に追いすがるわけではないが、追いかけながらシラヒメは隣に並んだ。
『あの』
『おれはエンドだ』
『はあ。それで、エンドさん。どうして俺を預かろうと?』
エンドは足を止めた。今度はシラヒメと向き合い、フードの下から苛烈な目を向けてきた。
『知らないのなら、それでいい。ただな、そんな育ちは悪くありませんって名乗りながら冒険者になりたいです、なんて寝言はほざくな』
『別に育ちがいいなんて言ってないけど』
『見てりゃ分かる』
エンドが何を示してシラヒメの育ちを指摘したのか、当時はわからなかった。だが、いまなら想像がつく。墓守として身分を隠すエンドだからこそ、シラヒメの立ち居振舞いに気が付くことがあったのだろう。格式ばった行儀とは異なる、胸を張りながら愚直に前へ進もうとする姿から、シラヒメがただの身を持ち崩したナイトメアではないことに感づいた。
だから、エンドなりのお節介だったのだろう。
おかしなパーティに誘われることになって、シラヒメが無駄に命を失うことがないように、自身の庇護下に置くと決めた。
そのことを、シラヒメは二日後に儚く散った冒険者一行の話を聞いて理解した。
自分を助けてくれたエンドに感謝の念も抱いたが、その後のこき使われ方で大分恩は返したと思っているので、言わないが。
そこまで話し終えて、シラヒメは冷たくなった手を布で拭く。
クロハラはすでに食後の紅茶の席に着いていて、おおりはソファに横になっているエンドの隣に座って腹をつついている。
「なんだ、エンドも意外と面倒見いいじゃん」
「うるせえ」
相変わらずのエンドの物言いにシラヒメは苦笑した。クロハラの向かいの椅子に腰を下ろしながら、まだ熱を持った紅茶を口にする。
「でも、俺はエンドさんにありがとうとは思ってるよ」
「ふん」
「まあ、わたくしもエンドさまのおかげでシラヒメさまに助けられたようなものですし。縁は奇なり、ですわね」
クロハラの言葉が全てを表しているだろう。
結ばれた縁の果てがどこにたどり着くのかはわからないが、始まりはきっと、シラヒメがエンドに目をつけられらたことだ。
そうして、シラヒメは様々な縁で結ばれたいまを結構気に入っている。
登場PL
シラヒメ・エンザ(成瀬)
夜月エンド(Wish様)
クロハラ(夏将軍様)
おおり(NPC)