好きな人に好きだと想われることのない生に、どれほどの価値があるというのだろうか。
レイロスト・フェザーアリスは目の前で管を巻く少女、ミユ・シクラの話を聞きながら、ぼんやりと人生の意義について考えていた。
半ば現実逃避なのだろう。
腰まで届くレイロストの長い藍灰色の髪は、いまは揺れることがない。外は寒風強く吹きすさぶほどだが、レイロストとミユは室内にいる。「獅子の咆吼亭」と呼ばれている、冒険者を登録して住居を一時的に貸し与える施設のテーブルに二人で陣取っていた。他にも部屋の隙間風に耐えかねた冒険者たちが幾人か集まっている。
レイロストは相槌を打ちながら、マグカップに注がれたココアに口をつけた。こくんと飲み込む。甘さを感じるのは他の冒険者よりも砂糖を多めに入れてもらっているためだろう。子どもは得だ。自然と甘やかされる。
冷淡な分析をしたところで、机の上にマグカップを戻してしまった。
レイロストは直近の依頼で、子どもゆえに、未熟さゆえに惑う出来事もあったのを思い出した。
暗森の中でレイロストは自身を喪失しかけた。目の前のミユもスカウトしての腕前は一流であり、レ・フルールは聖職者として各地にコネクションを広げている。エルシィも至るところに融通が利き、魔術師としての才を発揮していた。サンリストは立派にリーダーとして「瓦礫の獅子」を引っ張っており、シャランは何よりもレイロストが好きな人だ。特別な存在だ。
全員が「瓦礫の獅子」にいる意味があり、役立っている。
だけれど、レイロストはシャランに付いてきただけの、ただの子どもだ。
そう思われていると、レイロストは勝手に判断している。まだ、誰もレイロストが神であることに気付いていない。気付かれては困るが、だからこそ認識の差異が日に日に増して、レイロストは冷静なまま困惑してしまう。
いまも、ミユはレイロストに向かってのろけなのか愚痴なのか判断のつかないことを気楽に喋っている。だけれど、いまこの瞬間にレイロストが神だと判明し、ミユの悩み事を解決できると知ったら。
ミユはどういう目で私を見るのでしょう。
「だからね、レイロスト」
「はい。聞いていますよ」
さらりと事実ではない返事をする。とはいえ、嘘を吐いているわけでもない。話は聞いていた。記憶していないだけだ。
レイロストはまたマグカップを手にしてにこりと微笑む。
ミユは苦い実を噛み潰した表情を浮かべたあとに、周囲を見渡してから、囁いてきた。
「シャランとはどうなのよ」
「全くもって相手にされていませんが、なにか?」
「意識していないわけではないと思うけどなあ」
眉を寄せながらミユは援護に回ってくれるのだが、レイロストの反撃の一言は決まっていた。
「恋として意識している異性を、そう簡単に抱き上げられますか」
「それは、まあ、レイロストが小さいからじゃない?」
ミユは本当に素直かつ助けに入るのが下手だ。言葉を飾らない点は美徳でもある。ただ、たまに事実を指摘されすぎるので落ち込んでしまう。エルシィはすでに大人であるために、ミユの純粋な感想を柔らかく包めるのだろう。レ・フルールはまだ若いから喧嘩になってしまうのだろう。
ただ、同じ若輩であっても、ミユが憎からず思っているサンリストはミユを怒ったことがない。反対の出来事は多々あっても、だ。
サンリストの理不尽に怒らないところはレイロストも尊敬している。
また、サンリストについての話を始めるところで、ミユの肩にするりと手が添えられる。
目の前にいるのは。
「エルシィじゃないですか。今日はもう起きないかと思っていましたよ」
「そこまでお寝坊じゃないわ。で、二人は何を話しているの? 乙女じゃないからって、私を仲間外れにされたら悲しいわ」
ミユとレイロストは顔を見合わせる。
「私たちのパーティの男どもは、鈍くていやになっちゃうってこと!」
怒りを込めながらも声量は抑えてミユが口にした内容に、エルシィはくすりと笑った。
ミユとレイロストの間に座り、給仕をする娘に温かいレモネードをエルシィは注文する。娘が離れたのを見届けてから、優しい目で見つめてきた。
「あの二人は苦労するわよ。どちらも、あまり色恋沙汰に用事を持たない朴念仁だから」
「いまの発言から察するに、経験は豊富そうですが。エルシィは私たちのような恋をしたことがあるのですか?」
向けられた問いに、エルシィは紅を塗った唇に指を近づけていく。
「恋の経験も、恋愛の経験もあるわよ。まあ、いまは特定の相手はいないけどね」
大人だ、と圧倒される。
神ではあるが、同時にまだ子どもである自身には蓄えることのできない経験の差が感じられて、少し落ち込んでしまった。
恋。私がするのなら、やっぱり、シャランしかいないしシャランとしかしたくありません。ですが、シャランが私に振り向く可能性は絶無に等しいのです。
マグカップの中でわずかに波立っているココアを見つめていると、エルシィにそっと触れられた。顔を上げる。
「恋なんて半々よ。いいことも、悪いこともね」
「希望なくすなあ」
「まったくです」
甘くて優しいという嘘くらい吐いてもらいたかった。
だけれども、エルシィという女性はシビアな面もあるが、方便でしか嘘は使わない。いまはミユとレイロストが仲間であると認めて正直な感想を伝えてくれた。その気安さが、嬉しくもある。
娘がレモネードをテーブルまで運んでくる。エルシィはチップを娘のトレイの上に置いてからレモネードに口を付けた。
「レモネードと同じよ。甘いときもあれば、苦いときもある。それでも互いに対する思いやりがないと成り立たないのが、恋ね」
「うーん。大人」
「ふふ」
相変わらずミユとエルシィは仲が良いなあと眺めていると、また、誰かが近づいてくる気配がした。レイロストが気配の方向に視線を向けると、話題の人物であるサンリストとシャランがいた。
それだけで、とくんと、胸がうずく。
「ああ、ここにいたのか」
シャランが近づいてくる。レイロストの座っている椅子の背もたれに手を置いて、顔をのぞき込んできた。
そういうことを自然とするのはやめてもらいたいです。
訴えられない訴状を隠しながら、レイロストは澄ました顔で「なんですか」と問い返す。
「いまから食材の買い出しに行くんだ。それで、レイロストの好きな物を教えてもらいたいから、一緒に行こう」
「なんで、私の好きなものなんて知りたいんですか」
どぎまぎとした質問に対し、シャランは端正な顔に優美な笑みを浮かべ、穏やかに言う。
「私はレイロストについて、知っていることがあまりにも少ないと気付かされたからだよ。レイロストは私のために、聖夜の日に贈り物までしてくれた。だったら、少しでも礼を返したい」
駄目かな、と問われたら、いいでしょうと返すしかありません。
レイロストは冷めたココアを慌てて飲み干す。椅子から降りて、シャランを見上げた。
まだ遙か遠くの先にある、貴方に少しでも近づけるのでしたら。私はなんだってしてしまうのだから。なんて愚かしく、無様で、幸せなのでしょう。
「荷物持ちはしませんからね」
「サムライを舐めないでくれ」
シャランの隣に並びながら、レイロストはミユとエルシィに頭を下げた。サンリストもミユを誘っている会話が漏れ聞こえる。上手くいくことを祈った。
本来なら外出などしたくのない、凍える風が吹きつける「獅子の咆吼亭」の外に向かって、レイロストは扉を押した。
隣にはシャランがいる。
いまは、隣にいてくれる。
もっとを求めたら際限など無いのは分かっているけれども、それでも、呟いてしまう。
私のことを考えてください。もっと、もっと、もっと。
そして、叶うのなら私のことを好きになって、この生に意味を与えてください。
私は貴方と同じ世界を生きたいのです。
登場PL(偽籃の真)
レイロスト・リトルフェザー
ミユ・シクラ
エルシィ・トニャック
シャラン・キスル
この小説は下記のシナリオの内容をお借りして執筆しています。
小説の内容に含まれるシナリオ
「迷いの森と魔法のランタン」(糸冬ぼたん様作)
