恋とはいまだ

 恋というものはどれだけ人を変えるものなのだろう。
 リキョウ・クレハラは甘美であると同時に涙を含む果実の味をまだ知らない。「偽籃の真」のリーダーであるノークィン・ラシスに参謀のサキノユメ・リスターが恋をしているということは気付いてるが、直接二人にその話をしたことはない。サキノユメに伝えてしまったら、おそらく彼女は海に還る。恥ずかしさのあまり、ノークィンの前から姿を消すだろう。そうしたら、ノークィンはサキノユメを捜すのだろうか。
 リキョウにはわからない。
 午後の三時を過ぎた頃、当面の住処である「真善の誓約亭」のバーカウンターでリキョウはラム酒入りのミルクティーを片手に持ちながら、三人の冒険者の姿を眺めていた。冒険者に依頼をするための依頼書の掲示板前で話をしているのは、ノークィンとサキノユメと、リキョウの師匠であるエルスタ・カローネだ。
 街中での荷運びの依頼が終わった後だというのに、次の仕事の算段をしている勤勉さに恐れ入る。三人は「偽籃の真」の舵取りをしている。サキノユメが提案し、エルスタが意見をして、ノークィンが決断の責を負う。いままでずっと、その手順を踏んで堅実に依頼をこなしていったために、「偽籃の真」はある程度名の知られた冒険者一行となった。
「あいつら、まだやってんのか」
 感心した声と共に右隣に座ったのは、コウラン・ノカだった。橙色の髪と反対に小さな青色の三白眼、何よりもたくましい体つきが目立つ、「偽籃の真」の前衛を務める格闘家だ。
「うん。あと十分はかかるんじゃないかな。それと今日のコウランは南瓜を持ち歩いていていないんだね」
 リキョウの純粋な感想にコウランは苦い顔をした。
「俺だっていつもそんなことしないやい」
「うん。避けるのが下手になるから止めてよね」
 話題に挙がった南瓜は、まだ依頼の当ても少なかった頃に受けた、南瓜に化けた土塊を見つける依頼の際にコウランが持ち帰ったものだ。その直後の依頼に南瓜を持って戦闘になったために、コウランは敵にたこ殴りにされることになってしまった。以降、コウランは南瓜を持ち歩くことはなくなったが、ようやく与えられた一人部屋にいまも南瓜を置いていることをリキョウは知っている。
「ねえ、コウランは南瓜に恋をしているの?」
「ばっか。俺は普通に胸と尻の大きな優しいおねーさまが好きなんだよ」
 胸を張って言うことではないとは思うが、口にはしなかった。
「じゃあ、連れ歩くほど愛でている南瓜は何なのさ」
「そうだな。愛着、みたいなもんだ」
「だから相手にされない上に、二つの意味で食われかけたんだろ?」
 にやにやと笑いながら、リキョウの左隣に腰を下ろしたのは「偽籃の真」の斥候役であるナシギ・ノ・ガクシだ。金髪にくりっとした墨色の目が印象的な青年だが、身長がリキョウよりも低い。本人は気にしていないようだが、コウランが背丈についてからかってはエルスタに叱られている。もしくはナシギ自身にどつかれている。それほど、コウランとナシギは犬猿の仲なのだが、揃ってリキョウを挟むことも多い。
 これもまた恋なのだろうか。
 違うだろうな、と思いながらリキョウがナシギに問いかけると、ナシギはニシンパイを出されたような顔をした。
「おい、リキョウ。こんなむさいのと俺を結びつけようとするのは止めろ。俺は寄ってくる女の子には文句は付けないが、男の相手はまっぴらごめんだ」
「はあ!? 俺だってナシギといかがわしい関係だと思われるのは絶対に拒否する! ほら、鳥肌まで立ってきた」
 見ろ、と年中素肌を見せている左の二の腕をコウランは指さした。鳥肌と言えるのかは不明だが、ぽつぽつとしたものは浮き上がっている。
 ナシギは「んなこと知るか。皮膚科にでも行ってこい」と言い返すなどして、リキョウの頭上で交わされる喧嘩はやかましいことこの上ない。リキョウは二人の相手をするのは止めて、椅子から下りるとエルスタたちがいる掲示板に向かった。
「あら、リキョウ。どうしましたか」
 リキョウが近づくのに最初に気付いたのはサキノユメだった。丁寧な物腰の、片方だけ前の長い空色の髪と紫水の瞳をした、コウランもたまに見蕩れる程度には抜群の体型を持つ女性のマーメイドである。人魚ではないらしい。こだわりがあるのだろう、とリキョウは触れないようにしている。
「コウランとナシギがまた喧嘩を始めたから、逃げたよ」
「それは災難だったね」
 呑気な相槌を打つのはノークィンだ。サキノユメの瞳よりも濃い熟し切った葡萄色の髪と焦点の合わせづらい金色の目が印象的だ。陰の中にあって、瞳の光は一層際立つ。藍色のバンダナと服を身につけているので、夏場は暑そうだ。
 リキョウは自然な様子で並んでいるノークィンとサキノユメをじっと見つめる。ノークィンもサキノユメも微笑したまま、視線の意図を探らずに受け止めている。
 それでも恋をしているんだよね。
 サキノユメはノークィンへの恋情を隠そうともしないが、ノークィンの感情は不透明だ。サキノユメのことを嫌ってはいないだろうが、好意に応えるのかもわからない。だから、サキノユメは告白することができないのだろう。
 恋とは脆く震えるものなり。
 リキョウが一人で納得していると、こつんと頭を裏拳で叩かれた。視線を向けた先には、当然、エルスタが釘を刺す表情を浮かべていた。
 エルスタは長い深緑の髪と力強い翠晶の瞳を持つ。傲慢も侮蔑も正面から叩き割る、名のある聖騎士の血を引く女性だ。
 リキョウはエルスタが敵ではなく、師匠でいてくれることを頼もしく思っている。口にできるほど素直な年頃ではないが、感謝の気持ちは忘れていない。まれに、お節介が過ぎると辟易することもあるけれど、また別の話だ。
「ねえ。エルスタは恋をしたことって、ある?」
 リキョウが何も考えずに問いかける。サキノユメが慌てるが、エルスタは平然と答えた。
「それくらいの経験はしているわよ」
「誰?」
 エルスタはにこりと笑った。
「教えない」
「意地悪」
 弟子の生意気な態度に師匠はかけらも動揺しない。
 あえてリキョウとの身長差を強調するように、屈んで目を合わせながらエルスタは言う。
「リキョウが私にも一対一で勝てるようになったら、私の初恋について、教えてあげてもいいわよ」
「その日はいつか来るんだから、いま教えてよ」
「だめ」
 一度、エルスタが駄目だと決めたのならば、押しても引いても許されることはない。常日頃からその理を思い知らされている。
 リキョウはこの場は諦めることにした。
 だけれど、いつか。ミルクティーではなくて互いの手に酒でも用意しながら、エルスタの初恋の話を聞くことができたらよい。
 どうしてなのかはわからないが、リキョウはこだわってしまいそうだった。
 大切な師匠が初めて落ちた恋という骨が喉の奥に刺さって抜けない。
 どうして刺さったまま抜けないのかは、おそらくきっと、ずっとわからないままでいる。


登場PL(偽籃の真)
ノークィン
サキノユメ
コウラン
エルスタ
ナシギ
リキョウ

この小説は下記のシナリオの内容をお借りして執筆しています。

小説の内容に含まれるシナリオ
「南瓜退治」(焼きフォウの人様作)
小説に設定を反映させたシナリオ
「マンイータ」(管かる様)
小説の内容に含まれる召喚獣
「南瓜」(出典:「南瓜退治」(焼きフォウの人様作)


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