本作は、「著:矢野俊策/F.E.A.R.、KADOKAWA」が権利を有する『ダブルクロス The 3rd Edition』の二次創作作品です。
(C)矢野俊策/F.E.A.R/「ダブルクロス The 3rd Edition」
プレイヤー、キャラクターは以下の通りです。
プレイヤー:夏将軍さん プレイヤーキャラクター:桜羽試練さん
プレイヤー:Adogさん プレイヤーキャラクター:清水ルリさん
ゴールデンウィークも終わり、オーヴァードであっても平穏な日常を謳歌する春盛り。
いつもの通り始業の三十分前にはN市立公立高校に登校し終える。それから午前の国語の授業で古文もさらりと和訳するなど、周囲から感嘆の視線を集め、成績優秀かつ品行方正で名を馳せるスーパー高校生の桜羽試練は午前の授業を無事に終えた。
四校時目の終わりの鐘が鳴り響く中、試練は鞄から黒い弁当袋を取り出して、教室を出て行く。
「あれ。試練、教室で食べないのか?」
「友達に誘われてね。今日は校庭で食べるよ」
「約束って、女の子か? 綾瀬に言いつけてやろっと」
にまにまと笑みを浮かべながら、級友たちはからかいの言葉を投げてくる。下手に言い返すことはせずに、黙って苦笑するに留めたまま、試練は教室を出て行った。
綾瀬さんなら、あいつらに言われる前に気付きそうなんだよなあ。
そういった思いは誰にも見つからない場所へ隠しておく。幸いにも、綾瀬は試練が外に出ていく瞬間には教室にいなかった。上手くいけば、今日の昼食の時間に試練が教室にいなかったと気付かれることはないだろう。
綾瀬真花という、試練にとって平穏な日常の象徴である少女は一般人のわりにやたらと勘が鋭い。また、いまから会う相手も同様に常人離れした推察力を持っている。
片方を選ぶことはできず、また二人とも手放すことはできない。試練にとって愛おしくも悩ましい少女達だった。
試練が昇降口で靴を履き替えて、校庭に出て行くと、木々の合間から元気な声が届く。
「桜羽くん! こっちです!」
葉桜になった木々の下には円形に加工された座席があり、待ち合わせの相手はすでに待っていた。
彼女の名前は清水ルリという。試練よりも先になったオーヴァードであり、「てぇんさい」かつ「めぇい探偵」と名乗っている。不思議なところで言葉を伸ばしているが、試練は「そういうところも清水さんの可愛いところだよ」とさらりと受け止めていた。
試練はルリの左隣に座る。近くにあるベンチでは、他の生徒も食事を楽しんでいるようで、明るい声が聞こえてきた。
ルリは購買で買ってきたのだろう、シナモンロールやオレンジブレッドといったパンを傍らに置いている。いまはいちごミルクを右手に持っていた。
「それで、清水さんは何かあったの?」
「何かないと、桜羽くんとご飯を食べたいなあって思ったらだめなんですか?」
「だめじゃないよ。むしろ嬉しいけど、清水さんと一緒にいる時って大抵何か事件が起きている時だから」
正直な試練の感想に対し、ルリはふふふっと笑みを作る。
「そう。私は気付いたのです。桜羽くんと非日常を一緒に過ごして事件を解決するのは、私の大きなアドバンテージです。ただ、そればかりだと正ヒロイン力が低下してしまう……ですので、たまには私と桜羽くんも青春しよう! 作戦です! さあ、桜羽くんもお昼を食べてください」
「う、うん。わかった」
試練は正直なところ、ルリの言いたいことが分からずにいた。それどころか、彼女の本意に気付いてはいけない気にすらなる。
それでも、ルリの笑顔を曇らせたくない。試練は言われた通りに弁当箱を取り出して、蓋を開けた。
ルリの目が丸くなる。
「さ、桜羽くん……!? その料理は一体!?」
「ああ、『無上厨師』さ。それで、少しね」
快活に笑う試練の弁当箱の中身は男子高校生が自作しているとは思えない出来だった。白米ではなくほんのり色づいたコンソメライスに、冷めたというのに光り輝くオムレツの組み合わせが目立ちながらも、主菜である鮭の香草焼きは見事としか言えない焼き色で光り輝いている。また、ブロッコリーといった簡単な付け合わせも抜かりなく並んでいた。
「卵一つとっても、ただの卵焼きじゃなくて、フランス料理のオムレツくらいの出来になるんだよ。こればっかりは、オーヴァードになってもよかったと思えるくらい、役立っているね」
そうではないと俺の背負ったものは重すぎるから、と半ば冗談めかす。ルリもくすりと笑った。
「さすが、桜羽くんですね!」
「ありがとう」
「無上厨師」のおかげで毎日高級料理、とまではいかないが少ない材料で美味しい食事を味わえる。
試練はグリルしたブロッコリーを口に放り込んだ。うん、美味しいと自分を褒める。ルリもまたシナモンロールをもきゅもきゅと小さな口で咀嚼していた。相棒のスザンナが食事する様子と似ているのではないか、という感想をつい抱いてしまう。
だけれども、菓子パンばかりはよくないだろう。
試練は自身の弁当箱の一角を占めているオムレツを箸で切り分けていった。
「清水さん」
「ふぁい?」
こくん、とシナモンロールを飲み込んだところで、すっと差しだした。
ルリの視線の先には箸に刺さったオムレツがある。
「せっかくだから、味見してよ」
「え、えぇぇえぇ!?」
顔は一気に赤くなり、手にしていたシナモンロールは包装ごと膝の上に落ちた。試練はにこにこと黙ったままでいて、ルリの前から箸とオムレツを動かそうとしない。
「こ、この展開はいくらめぇい探偵“エルキュール”にしても読み切れなかったです……!」
「食べないの?」
「た、たばます!」
「よかった」
試練はそのまま箸をルリの口元に運ぶ。唇に、オムレツがちょこんと触れた瞬間にルリの顔はさらに朱に染まっていった。
「さすがに、『あーん』はまだ早いです!」
言って、ルリは試練の手から箸をひったくる。そうしてオムレツをはむりと口に含んだ。 試練は気付かない。いま、ルリが「あれ!? これって結局間接キスじゃないですか!?」という事実に気付いて多大なる動揺と羞恥に襲われていることに思い至らずにいた。無邪気な笑顔で尋ねる。
「どう?」
「味、よくわかんなかったです……」
小さな声の返答に、試練はルリの手から箸を取り戻して、半分になったオムレツをかじる。プレーンでありながら塩気の効いているオムレツの味は、少なくとも悪くはないはずだ。
「俺は美味しいって思うんだけどなあ」
「それは、美味しいは美味しかったですけれどぉ」
指をくるくると回しながら、じっとりとした目でルリは試練を見上げる。
試練はルリの恨めしげな視線を受けながらも、いまの季節に吹き付ける春風の笑顔を浮かべた。
「うん。清水さんに美味しいと言ってもらえたら、すごく嬉しいな」
今度こそ、声にならない悲鳴をルリは上げた。
きゅぴーん、と閃くのは子どもであっても女の直感か。
教室で友人達と食事をしていた綾瀬真花は弁当箱から顔を上げて、窓の外を見下ろした。木々が陽光を受けて緑の葉をきらめかせている様子がよく見える。だけど、それだけだ。
「あれ? まな、どうかしたの?」
「ううん。なんでもない」
急に会話を止めたことに、友人達からいぶかしがられる。
真花はにっこりと笑顔を浮かべてから、また昼食に戻っていく。
ルリとの食事を終えて、教室に戻ってきた試練に真花が声をかけるまで、あと七分。
そのことを試練は知らない。
