あなたと春を見る

 店の扉を開けると、まだ冷たい冬の風に出迎えられた。
「ありがとうございました」
 見送る店員の声を背にしながら、ノークィンとサキノユメは並んで道を歩き出す。ノークィンが荷物を持ち、サキノユメはメモを片手にこれまで買ってきたものを確認した。
「まだ他に買う物はありますか?」
「大丈夫です。あらかじめ、買う予定の物は揃いました」
 サキノユメはメモを見せて保証する。元から、そこまで買い揃える予定はなかった。次の依頼に向けて必要である、丈夫なロープや魔法のランプ、そして携帯食糧を作るための食材を用意する程度だ。
 同じ「偽籃の真」の仲間である、コウランやエルスタがいたのならばもう少し他の店にも足を伸ばしただろうが、頭脳労働担当であるノークィンにそこまで期待はできない。
 また、サキノユメとしては二人で拠点としている街、「探求都市エクスロール」を歩くことができるだけで満足だった。普段は六人の中所帯であるため、なかなか二人きりになることなどできない。今回の買い出しのような機会は貴重だった。
 もう一つの理由として、サキノユメの恋人であるノークィンが大変鈍感というのも挙げられるのだが、その点も含めて好きになったのだから仕方ない。
 サキノユメはコートの前を合わせながら、機嫌良く宿「真善の誓約亭」まで歩いていく。隣にノークィンがいてくれるだけで、心が弾んだ。
 風に浅瀬の海色の髪がなびく。まだ、吹きつける風は身をすくませる冷たさだ。息が白くなることはなくなってきたが、いまの季節は冬といえるだろう。
「まだ、街を歩くのにマントは必要ですけれど」
「そうですね。上着をなしで歩くのは厳しいです」
 どうしたのだろうと思いながら、相槌を返すと、ノークィンは憂鬱そうな息を吐いた。
「また、あの暑い季節も近づいてくるんですよね」
 横顔を見上げるとげっそりとしている。どうやらノークィンは、昨年の猛暑を思い出しているようだ。
 サキノユメは季節に応じて普段着を替えているのだが、ノークィンはあまり洒落っ気や利便性というものにこだわらない。衣服について考えるのは向いていないのだろう。だからこそ、夏でも暑そうな格好をしている。
 サキノユメは薄く苦笑してしまった。
「昔の夏ならば、まだ耐えられたのですけど。最近の酷暑は、もう、いやです」
「水や氷の精霊を常時召喚したらよいのではないですか?」
 ノークィンは精霊召喚士だ。呼び出すことは簡単だろう。
 そう思い、サキノユメは提案したのだが、ノークィンはゆるりと首を横に振る。
「そうしていましたが、『私たちも暑い』や『働かせすぎ』と怒られてしまいました。それほど、精霊達も堪える暑さなのでしょう」
「嫌がる精霊達を無理に働かせるのも気が進まないでしょうね」
 ノークィンの気の弱さとも取れる優しさを、サキノユメはまた愛しく思う。傍から見たら惚れた弱みでしか無いのだろうが、ノークィンは決して、誰に対しても無理強いをしない。それどころか貧乏くじを進んで引くことすらある。その結果として、ナシギなどに呆れられることも多いが、見放されることがないのはノークィンの人望だろう。
 おっとりとしていて、面倒見がよく、肝心なところでは一歩も引かない。
 その人の隣にいられることを私は嬉しく思う。
 三度、風が吹く。サキノユメはノークィンに寄り添った。
「ノークィンさんが暑さを苦手とするのはわかりましたけれど。大事なことも忘れていますよ」
「大事なこと?」
「はい。夏の前には、春が来ます」
 サキノユメは薄く曇った空を見上げる。その下にある街路樹にはまだつぼみもないけれど、あと一ヶ月もしたら、徐々に葉を付けて少しずつ、つぼみを実らせて花を咲かせるはずだ。
 季節の循環を喜んで、新たな始まりを祝福してくれる。そうした絢爛豪華な季節が春だ。
「私は、ノークィンさんと桜を見たいです」
 薄紅に咲いて世界を彩ってくれる花を、何度だってあなたの隣で見ていたい。
 真っ直ぐに伝えるとノークィンも頷いた。
「僕も同じ気持ちです」
 気持ちが通じ合う嬉しさに、サキノユメとノークィンは顔を見合わせて笑いあう。
 そうして、また軽い足取りで歩き出した。途中でノークィンが言う。
「サキノユメには苦手な季節などないのですか?」
「ありません。私は全ての季節に対応済みです」
 堂々とサキノユメが胸を張る。「真善の誓約亭」は仮の住まいであるが、必要な物は常に揃えてある。
 ノークィンの感心する姿に誇らしくなっていると、現れた。
 突然の刺客が、サキノユメに襲いかかる。足下に飛びかかってきた存在にサキノユメは悲鳴を上げた。
「きゃあ!?」
「んなーお」
 サキノユメの足の周りをふんふんと嗅ぎ回る、一匹の猫がいる。それだけでサキノユメは微動だにできなくなった。
 ノークィンは荷物を道の脇に置いて、猫を抱き上げると、そのまま反対の方向へ逃がす。猫はたたたっと駆けていった。
 サキノユメはまだ固まっている。
「なるほど、季節には対応していても猫は苦手と」
「仕方がないでしょう、マーメイドなんですから!」
 必死の訴えにもノークィンは軽やかに笑うだけだった。荷物を持ち直し、サキノユメに向かって空いている左手を差し出す。
 サキノユメは少しだけ癪であったが、このまま距離を置いて帰ることも寂しい。ノークィンの手を取って、また二人で歩き出す。
 冬は、あと少しだろう。


登場PL(偽籃の真)
ノークィン
サキノユメ


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