黒い雷鳴が訪れた

 爛市メロリアの一角にある「調律の弦亭」に初めて見る客がやってきた。少なくとも、ハシン達にとっては。
 だが、調律の弦亭にぼんやりと座っていた熟練の冒険者は青年と少女の姿を見ただけでざわめきだし、まだゴブリンを倒すための手段をあれこれとかき集めている新米の冒険者も目を見開く。
「ねえねえ。そんなに有名な人たちなの?」
 リブラスが頭の後ろに手を組みながら一人の冒険者に尋ねると、答えは当の青年と少女から返ってきた。
「銃スキルに需要があるならぜひ買ってほしいんだぜー」
「僕は『黎明の光亭』に所属する冒険者でセレミスだよ。そしてこちらはリーダーのクォート!」
「あら。お噂はかねがね」
 情報通であるネイションが一礼しかけるが、クォートは途中で手を前に出して止めた。
「堅苦しいことはなしにしてほしいんだぜ。それよりも、アイテムや技能を買ってくれた方が嬉しい」
 とても真剣な表情だった。
 ネイションは一歩引くが、反対にセレミスが前に出てくる。
「あ、君! そこのピンクの髪の子!」
「私かな」
 自分よりも小さな少女に気さくに話しかけられるが、悪い気はしなかった。ハシンが前に出るとセレミスはテーブルの上に宝石を繊細に削って作られた短剣を見せる。
「これね、クォートが作った短剣で『クロノス』っていうんだよ。器用で少し狡い僕みたいな、小悪魔にぴったりな武器!」
 リンカーがびくりと反応しかけるが、カズタカが強引に体を押さえこんだ。それを見たセレミスは一瞬だけ不思議そうな顔をするが、またハシンへの熱心な宣伝に戻っていく。
「君も似た素質を感じるよ! 使ってみない? いまなら僕と試し撃ちできるからさ」
 黄緑の瞳にきらきらとした光を宿して言われると無下に断るのも気が引ける。ハシンは手持ちの金額をカズタカに聞いて確かめて、両腕を交差されてから頷いた。
「わかった。ついでに、宿を壊さないように手加減もお願いするよ」
「うん。あくまで試しだからね!」
 その一言で、場が勝手に作られていく。宿の交流場にあったテーブルと椅子は隅に寄せられていき、誰かは「クランベリーとマロウブルー」といった呪文を何度も繰り返していた。ここでは効果はないのだが気休めにはなるのだろう。
 セレミスがクロノスを片手にしながらふらりと下ろし、ハシンは手持ちの鋼糸を張り巡らせた。
 瞬。
 糸が飛び交う前にセレミスは空中を舞い、ハシンに肉薄する。迫る短剣を打ち落とす前に、かがまれて傍らを駆け抜けられる。背を取られたと振りむきたくなる反射をこらえて、前に戻るセレミスに向き直った。
「いまのがトリックスター! いまは攻撃はしなかったけど、本来は自分に高い回避効果、さらにフェイントまで与える優れた攻撃技だよ!」
「なるほど」
 ハシンはもう一度、セレミスに向き合う。底なしの技能を持っていることはいまの攻防だけで十二分にわかった。
 せめて相手の行動がわからないかと、後攻の手札としてハシンは猫の目を使用してセレミスを鑑定する。
 すると。  
 クォートが、にこにこと笑う。まるで弱ったカピバラを見つけた虎の笑顔でずかずかとセレミスに近づいていくといきなり両足をつかむ。そのまま逆さづりだ。
 突然の流れに銀鈴檻は硬直する。呪縛よりも深く身動きが取れない。
「わ、何するんだよクォート!」
 ばたばたするセレミスだったが、クォートは動じなかった。黙ってぐわんぐわんと上下運動を開始させる。その度に小さな硬貨がさざめく音を立てた。さらにセレミスも振動して「あわわわわ」と声をあげた。
 その音にぼんやりとアルトーが気付く。
「ハシン……お金、すられてる」
「わかってるよ」
 いまの光景を見せられてわからないはずはない。しかし、少女を振り回して黒い猫スパッツを見せるのはリーダーとして、青年として許されるのだろうか。
 ネイションがそろそろ止めるべきかと、声をかけた。
「あの……お金を返してくれたら大丈夫なので」
「初めて来る宿ではよくないんだぜ。教育教育」
「うーわー!」
 さらに振り回されるセレミスをアルトーは前に出てがしりと止めた。クォートと見つめあう。
「まったく、ここの奴らもお人好しなんだぜ」
 クォートは呆れたようにぱっと手を離す。セレミスが頭から床に落ちて、立ち直るとぺたりと床に座った。
「ほら、謝れ」
「はーい。ゴメンナサーイ」
「ううん。楽しかったからいいよ」
 ハシンはセレミスに手を差し出した。その手に、小さな手が重ねられる。
 一瞬だけ触れた柔らかな手に残った傷からこれまで歩んできたセレミス、そしてクォートたちの過酷な戦いが伝わってきた。
 まだ、銀鈴檻が体験したことのない。これからするかもわからない冒険の予感に、少しだけ胸が躍る。
「さて。改めて商品を見せてもらえるかな」
「そういうことなら!」
「大歓迎だぜ!」
 テーブルはまた中央に集まり、その上にいくつもの銃や短剣、技能が置かれていく。
 調律の弦亭の冒険者たちも集まっていき、その日の黒い雷鳴の売り上げは結構なものだったとか。その話を聞くのはもう少し常連になってからだったが。


あとがき
 書かせていただきました。夏将軍様作の「Card Wirth」シナリオ「銃スキル販売所Lite」にて、クォートさんたちが銀鈴檻のいる「調律の弦亭」に来た時のお話です。
 すでに、「銃スキル販売所Lite」では初回イベントが実装されていますが、こちらを書いた当時(二千二十二年十二月)はまだイベントがありませんでしたので、セーフで。セーフということでお願いします。
 次は「偽籃の真」が初回イベントを味わった時なども書きたいと思うのですよ。

 夏将軍様。今回は、リプレイの執筆と掲載を許可してくださり、ありがとうございました。



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