これから

 今日は気持ちのよい晴天だというのに、二人がいまいるのは薄暗く湿った倉庫の中だった。気が滅入って仕方がない。
 とはいえ、文句を言っても仕方がないので、サンリストは清潔な布を顔に巻いてマスク代わりにしてから、倉庫の片付けを始めることにした。隣にいるミユにも布を渡す。
「なんか、こうしてマスクを巻くのって泥棒みたいだよね。あーあ。きちんと紐がついたマスクが欲しいなあ」
「何を言っているのかはわからないけど、さっさと終わらせるぞ」
「はーい」
 ミユはやる気なく返事をしてから、倉庫に積まれている軽い箱を外へ移動し始めた。サンリストはやたらと重量のある謎な形状の棒を他の物にぶつけないようにしながら、外に運び出して倉庫の壁に立てかけた。
 サンリストとミユがいまいる「賢者の塔」は魔法や魔術の研究拠点として有名な施設だ。今日は半年に一度の大清掃があるため、「獅子の咆吼亭」からサンリストとミユが所属する冒険者集団である「瓦礫の獅子」に依頼という形で掃除の手伝いを申し込まれた。
 瓦礫の獅子はまだ駆け出しでしかなく、取り組める仕事も名の知れた妖魔や害獣退治、もしくは簡単な荷運びなどに限られている。いまのところ仕事を選り好みできる余裕もないため、今回も率先して依頼を請けた。
 依頼内容は冒険者として心躍る英雄譚などではなく、ただの家事手伝い程度の仕事だ。それでも、依頼があるだけ十分なほど幸運といえる。最初の依頼で手足を失い、暗澹たる先行きのまま、日々を安酒で癒す冒険者も見てきている。任せられる依頼を、粛々と取り組むことでしか得られない信頼がある。
 その信頼を得るために、他の仲間であるエルシィとレ・フルールは賢者の塔の図書室にて廃棄する図書の整理、シャランとレイロストは必要な道具の買い物を行うなどと仕事を分担した。
 サンリストも面倒だからとサボタージュに耽るわけにはいかない。淡々と、あらかじめ渡されていた書類に従って、必要な物と不必要な物を選り分けていく。外にはがらくたがどんどんと積み上がって山となっていった。
 いずれ捨てるのならば、倉庫に眠らせておく必要はないだろう。だが、いつ必要になるかもわからないために、倉庫に入れておくのだと担当者は悲しげに話していたことを思い出した。
 サンリストはミユの様子を見る。明らかに面倒そうな様子で、長い紐を引っ張り出しながら適当な長さで結び直しているところだった。
「ミユ、もう少し真剣に取り組めよ」
「ただの片付けでしょ? 別にいいじゃん」
「駄目だ。報酬が約束されている以上、これは立派な依頼だ。しかも相手は賢者の塔で、今後の依頼にも関わってくる。いつ見に来るかも分からないんだから、気を抜くな」
 リーダーとして、だらけることは許さないと厳しく説明する。ミユはマスクの下で顔を歪めた。先ほどよりも素早く紐やロープを結び直し、まとめて整理していく。手つきは早いが苛立ちが透けて見えて、サンリストはもう一度言った。
「丁寧に。壊して、賠償とか求められたら、困るのは皆だぞ」
「わかってるわよ!」
 小さな声で、ミユは怒鳴った。物に当たることはしない。
 だけど、このままではよくない。
 いまの季節は初夏もとっくに過ぎて、倉庫内も蒸し暑い。この中で何時間も片付けを続けていると気が滅入るのは当然だ。ミユに注意するのは間違っていなくとも、責めるのは失敗だった。
 サンリストは腰に着けた小袋から水筒を取りだし、ミユに差し出す。
「悪かった。少し、休憩していいぞ」
「サンリストはどうすんのよ」
「俺を舐めないでくれ。まだ平気だ。二人とも休憩していたら、手を抜いていると思われるかもしれないしな」
 薄暗い倉庫で、光源となっているのは棚に置かれたカンテラと右上にある小さな窓から差し込む日差しだけだ。うつむくミユの表情も見えづらい。
 ミユはサンリストの手から水筒を奪い取って、外に出た。少しでも作業を進めようと、最難関である埃を被った女神像を運び出すことにした。持つと大分重い。ぶつけないように、慎重に光のある方向へ進んでいく。
 途中で、少しだけ軽くなったかと思うと、ミユが女神像の頭を支えてくれていた。
「ありがとう」
 ミユは返事をしない。黙ったまま、サンリストの指示を聞きながら、角を曲がり、扉を抜ける。ミユには手を離してもらい、女神像を外の隅に置いた。
 これで、大体の搬出する必要のある荷物を外へ出した。あとは倉庫内の掃除をして、担当者に荷物を引き渡すだけだ。
 もうひと頑張りだ、と立ったところで、ミユに服の裾を引っ張られる。
「どうした? 汚れるぞ」
「倉庫の掃除は、私がやるから。サンリストは休んでなさいよ」
「俺はまだ平気だ」
「いいから!」
 最後の言葉と同時に水筒が投げつけられて、慌てて受け止めた。ミユは肩をいからせながら、あらかじめ渡されていた箒を手にして、倉庫を掃いていく。
 親切を無下にするのも後味が悪い。サンリストはマスクをずらして、水筒を口に含んだ。こくりと落ちてくる水の冷たさに、気付かない間に乾いていた喉が癒やされる。思わず、息が洩れた。
 倉庫の中にいるミユの背中は相変わらずこわばっていて、自分はミユの背中を見つめる度に心配してしまう。まだ、十六の少女だというのに、それほど肩肘張って体が凝ってしまわないのか。
 だけれど、彼女の境遇を考えると、それも仕方のないことなのかもしれない。
「ミユ」
「なによ」
「君は、どこから来たんだっけ」
 沈黙が続いた。ざっ、と荒く箒が床を掃く音がしてから、ミユの声が届く。
「地球」
「どういうところなんだ」
「ここよりも、もっと便利で。清潔で。私のような年の子が働かなくてもいい世界」
「それはいいな」
 ミユの箒を掃いていた手が止まった。それから、ぽたりと床に一滴の染みが生まれる。
「いいわよ。こんなところより、ずっといいわよ」
 震える声から、いまのミユの表情が分かる気がした。そして、ミユはその顔を見られたくもないということも伝わってくる。
 サンリストは水筒をしまうとゆっくりとミユに向かって歩く。肩を震わせて、それでも声を上げることはこらえているミユの肩に手を添えた。
「帰りたいよ……」
「うん。帰りたいな。ごめん」
 先ほどの言葉が、いまになってサンリストの胸を刺す。まだ命を賭けて働く必要のなかった少女に、いつだって無理を強いている。だからといって、ミユだけを特別に扱うことはできない。ミユは頼りになる解錠役でもあり、探索役でもあるから、いるだけでよいなどとは決して言えない。
「ミユはがんばっていたんだよな。ごめん。気付かなくて」
「わかってくれたなら、もう、いいよ」
 ミユは顔を上げる。目と鼻の先は赤くなっていたけれど、もういつも通り少しだけ生意気で活発な少女に戻っている。
「ほら、さっさと仕事を終わらせよ。それで……」
「ん?」
「ジュースとあげじゃが。おごってよね」
 ようやく笑顔になったミユに、サンリストも笑う。
「ああ。それくらいの報酬は出るだろうからな」
 それからは、ミユは倉庫内の掃除を終わらせていく。サンリストは担当者を呼び、不要品をまた廃棄場まで運ぶことの繰り返しだった。
 不要な物を処分して掃除を済ませた倉庫は、最初とは見違えるほどの清潔さを保っている。賢者の塔の担当者も感心していた。
「ここは、開けたくない倉庫として有名だったのですが、これほど綺麗に掃除してくださるとは。あなた方に頼んで正解でした」
「冒険者としては、どうなんだって気もするけどね」
 ミユの減らず口に担当者は首を横に振る。
「生き残る冒険者は、必ず物の整理を大切にしています。自分たちが生きるために必要な道具を見極め、常に備えているのです。とはいえ、なんでもかんでも持っているわけでもありません。この倉庫の整頓を終えたあなた方でしたら、また仕事を頼めると思えるほど、慣れた冒険者に恥じない仕事をしてくれました」
 ありがとうございます。
 その言葉が、どれだけミユに響いたのかは分からない。生まれも育ちも誰とも異なっていて、常識さえもすれ違っている。
 だけど。
「はい! また、瓦礫の獅子になんでも依頼してくださいね」
 心からの笑顔で請け負うミユを見ていると、今回の依頼は請けてよかったと、サンリストは噛みしめる。
 まだ、わからないことも多いだろう。嫌だと思うことすら数え切れないほどある。サンリストだって、下水道掃除は顔をしかめるくらい苦手だ。
 それでも「瓦礫の獅子」の一員として頑張るミユの姿を見ていると、自分ももっと、よい依頼をつかめるように努力しないといけない。楽な依頼ではなく、請けてよかったと思える後味の良い依頼をできるように、全員が強くなる必要がある。
 「瓦礫の獅子」はこれからなのだから。


登場PL(瓦礫の獅子)
サンリスト・ヴァンロー
ミユ・シクラ


    • URLをコピーしました!

    この記事を書いた人

    第三のサイトの管理人。
    こちらでは、TRPGとフリーゲームを扱っています。

    目次